特集記事

カーボンニュートラルの潮流~なぜ世界は脱炭素化を目指すのか?
― 東京大学教養学部環境エネルギー科学特別部門 客員准教授 松本 真由美 ―

2022/10/25

地球温暖化問題

世界が脱炭素化を進める理由は、地球温暖化問題の深刻化があります。
太陽から降り注ぐ光は、地球の大気を素通りして地球を暖め、その地表から放射される熱を温室効果ガスが吸収し、大気を暖めます。
地球の平均気温は14度前後で、もし大気中に温室効果ガスがなければ、マイナス19度くらいになってしまいます。
しかし、温室効果ガスが大量に排出されてしまうと大気中の濃度が高まり、熱の吸収が増えた結果、気温が上昇する、これが地球温暖化です。(図1)

【図1】地球温暖化   出典:環境省

地球温暖化の原因となっている温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)、メタン、一酸化二窒素、代替フロンなどがあります。
中でもCO2がもっとも温室効果ガスに占める割合が大きく76%を占めています。(図2)
産業革命以降、私たちは石油や石炭などの化石燃料を燃やしてエネルギーを取り出し、経済を成長させてきました。(図3)
しかし、その結果、地球の長い歴史の中で大気中のCO2濃度は産業革命☆後に増加しています。(図4)現在、大気中のCO2濃度は産業革命前の280ppmから40%も増加し400ppmを超えており、地球温暖化が進んでいます。(図5)

☆ワンポイントアドバイス:「産業革命」は、18世紀中頃以降に、イギリスで起きた生産活動の中心が農業から工業へ移ったことで生じた産業構造の大きな変化のことを言います。石炭や蒸気機関を動力源とする軽工業を中心として経済発展しました。イギリスに始まり、フランス、ベルギー、オランダなどで産業革命化が進みました。

【図2】温室効果ガス総排出量に占めるガス別排出量
出典:IPCC第5次評価報告書より全国地球温暖化防止活動推進センター作成

【図3】燃料別に見る世界の二酸化炭素排出量 出典:米国オークリッジ国立研究所

【図4】大気中の二酸化炭素の濃度(ppm)18世紀後半以降、二酸化炭素の濃度が高くなっている。
出典:IPCC第4次評価報告書

【図5】大気中の二酸化炭素濃度の経年変化(1955~2015年)
出典:気象庁「気候変動監視レポート2014」

「カーボンニュートラル」って何?

2016年11月、2020年以降の温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が発効しました。パリ協定には、198の国・地域が参加しています(2022年9月1日時点)。
「世界共通の長期目標として、21世紀末(2100年)までに世界全体の気温上昇を産業革命以前より2度より十分下回るよう、さらに1.5度までに制限する努力を続ける必要がある。21世紀後半には、人間による温室効果ガスの実質排出量をゼロにする」とする目標が盛り込まれました。パリ協定では、21世紀後半に「カーボンニュートラル」を実現することが目標でした。カーボンニュートラルとは、二酸化炭素(CO2)やメタン、一酸化二窒素(N2O)、フロンガスを含む温室効果ガスの「排出量」を全体としてゼロにすることです。「全体としてゼロに」とは、「排出量」から「吸収量(森林や植林などにより吸収)」と「除去量(炭素回収技術などで除去)」の合計を差し引き、排出量を実質ゼロにすることを意味しています。(図6)

【図6】カーボンニュートラルのイメージ
左図は、国立環境研究所 温室効果ガスインベントリオフィス「日本の温室効果ガス排出量データ」より経済産業省作成

2050年カーボンニュートラルを目指す動き

パリ協定の21世紀後半にカーボンニュートラルを前倒して、「2050年カーボンニュートラル」を目指す動きが高まったのは、2018年10月IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)が発表した「1.5度特別報告書」の影響が大きいです。
この報告書では、「現在の進行速度では、早ければ2030年から2052年の間に世界の平均気温が産業革命以前より1.5度上昇する可能性が高い。気温上昇を1.5度に抑制するためには、世界で排出される二酸化炭素(CO2)排出量を2030年までに2010年に比べて45%削減し、2050年頃には森林などの吸収分や技術によりCO2を回収し、実質ゼロに削減する必要がある」ことを発表したのです。(図7)
また報告書では、海面上昇は気温上昇が2度の場合よりも1.5度の場合のほうが約10センチ少なくなり、海面上昇のリスクにさらされる人は世界で最大1千万人減る。2度ではなく1.5度に抑えることにより、150万~250万平方キロの面積で永久凍土の融解を何世紀にもわたり防ぐことができる。他にも2度上昇すると地球環境に、より深刻な影響が出ることを指摘しました。
1.5度特別報告書の公表から3年後、2021年10月31日~11月13日、イギリスのグラスゴーでCOP26(気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催されました。
COP26では、2020年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定の実施にあたり、産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑える努力を追求するとした目標で合意しました。
つまりこれは、国際社会が気温上昇を1.5度に抑えることを目指す重要な一歩を踏み出したことになります。

【図7】観測された気温変化及び将来予測   出典:IPCC「第6次評価報告書」のデータに環境省加筆

IPCCは、各国政府を通じて推薦された専門家が参加して5~7年ごとにその間の気候変動(地球温暖化)に関する科学研究から得られた最新の知見を評価し、評価報告書にまとめて公表しています。(表1)

表1 これまでの報告書の発行(WG1:第一作業部会)

*IPCCは、「第1作業部会(WG1):科学的根拠」、「第2作業部会(WG2):影響、適応、脆弱性」、「第3作業部会(WG3):緩和策」、「インベントリー・タスクフォース(TFI)」で構成されている。TFIは、各国における温室効果ガス排出量・吸収量の目録(インベントリ)策定のための方法論の作成、改善を行う。

2013年以来8年ぶりの2021年、IPCCは、地球温暖化の自然科学的根拠に関する第一作業部会(WG1)による「第6次評価報告書」を公表しました。
報告書では、1850年から2020年までの世界の平均気温変化のグラフとコンピュータ・シミュレーションモデルで再現計算した気温変化を比較して、「人為要因(人間活動による温室効果ガスの増加など)」+「自然要因(太陽活動の変動や火山の噴火)」のシミュレーション結果を出しています。
それによると、2019年まで観測された気温上昇は産業革命前と比べて1.06度、そのうちの人間活動による影響は1.07度と評価されたため、20世紀後半以降の地球温暖化の主な原因は人間活動である可能性は疑う余地がないとする結論になっています。(図6)

【図8】世界平均気温(年平均)の変化  出典:IPCC第6次報告書、経済産業省要約

参考までに日本の年平均気温は、様々な変動を繰り返しながら上昇しており、100年あたり1.28度の割合で上昇しています。特に1990年以降、高温となる年が頻出しています。(図9)
世界の平均気温は産業革命前と比べて1.06度上昇し、日本は100年で1.28度上昇・・、わずか1℃の上昇と思うかもしれませんが、それが異常気象の一因となるなど、地球環境に大きな影響を及ぼします。

【図9】日本の年平均気温偏差 出典:気象庁

IPCCの第6次評価報告書では、21世紀末の世界平均気温の予測を5つのシナリオで分析しています。
もし温暖化対策を積極的に取らなかった場合の3つのシナリオ(SSP2-4.5、SSP3-7.0、SSP5-8.5)では、1980年~1999年と比べて、2100年までに2度よりも上昇し、最大4度まで上昇する予測となっています。
一方、厳しい温暖化対策をとり排出が少ない場合(SSP1-2.6、SSP1-1.9)は、気温は2度より十分低く、非常に低いシナリオ(SSP1-1.9)だと1.5度を少し超えますが下がってくる予測になります。(図10)

【図10】IPCC第6次評価報告書

☆ワンポイントアドバイス:「地球温暖化の影響」について、事例を紹介しながら話をすると、子どもたちの理解が進むと思います。地球ですでに起きている影響、将来の予測について説明してみてください。

地球温暖化による影響

地球温暖化は、気温の上昇だけではなく、海面上昇や世界的な異常気象の頻度を押し上げる恐れがあります。
海面水位の上昇に大きな影響を与える要因として、海洋の熱膨張(海水が温まって海水の体積が膨張)や、グリーンランドの氷床と周囲の氷河の変化(陸上の氷河や氷床に貯蔵されていた氷が解けて海に流れ出して海水の量が増加)などが挙げられます。
海面上昇は、沿岸や低平地、小島嶼(しょうとうしょ)に住む人々の暮らしに大きな影響を与えています。台風による高潮、沿岸域の氾濫、海岸侵食による被害をより多く受けることになります。

(写真1)島の低地の水没が日常の風景になっているツバル  写真提供:海南友子
※ツバルはニュージーランドとハワイの中間に位置する9つの島からなるポリネシア最西端の国

1901年から2018年の期間に、世界の平均海面水位はすでに0.20m上昇しました。地球温暖化による蓄熱は、陸域の氷の減少と海洋温暖化による熱膨張により、世界の平均海面水位の上昇をもたらしました。
 世界平均海面水位は2081~2100年には、1995~2014年の平均海面水位に対して、積極的な温暖化対策をとらなかった場合(SSP5-8.5シナリオ)では、63㎝~1.01m上昇すると予測されています。海面水位の上昇は、2100年以降も続くと予測されています。(図11)

【図11】世界の海面水位の上昇予測  出典:IPCC第6次報告書をもとに気象庁

また、地球温暖化により異常気象・気象災害が多発しています。図12は、2021 年に発生した異常気象や気象災害のうち、規模や被害が大きかったものについて、地域と時期 を示したものです。
「高温」「低温」「多雨」「少雨」は、月平均気温と月降水量から異常と判断した現象が 1 年のうち 3 か 月以上繰り返されたケースです。ここでは異常気象を、ある場所において 30 年に 1 回以下のまれな頻度で発生する現象と定義しています。
 2021年日本では1月に東日本の日本海側を中心に、各地で大雪となりました。北日本から東日本では、除雪作業中の事故などにより合計で64人が亡くなるという事態に見舞われました。

【図12】2021年の主な異常気象・気象災害の分布図 出典:気象庁

日本でも「滝のように降る」1時間あたり50ミリ以上の短時間の強い雨の頻度が増加する傾向があります。2076~2095年の平均で、日本の太平洋側と日本海側の地域の大雨リスクは現在の2倍になることが予測されています。(図13)

【図13】地球温暖化と大雨リスクの増加  出典;環境省

カーボンニュートラルを目指して~主要国の削減目標

2019年の世界のエネルギー起源CO2排出量は、中国の29.4%を筆頭に、米国14.1%、インド6.9%、ロシア4.9%、日本3.1%と、日本は世界で5番目の排出国です。(図14)

【図14】世界のエネルギー起源CO2排出量(2019年)
出典:国際エネルギー機関(IEA)のデータをもとに環境省

次に、日本の部門別のCO2排出量の割合を見てみましょう。
2020年度の日本のCO2排出量は10億4200万トンで、温室効果ガス排出量の90.6%を占めました。
2019年度に比べてCO2の排出量は5.8%減少しました。減少した要因としては、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による製造業の生産量の減少、旅客や貨物輸送量の減少などに伴うエネルギー消費量の減少などがあります。
CO2排出量の内訳は、燃料の燃焼に伴う排出が94.7%ともっとも多く、次に工業プロセスや製品の使用分野からの排出が4.1%、廃棄物分野からの排出が1.2%です。
約95%を占める燃料の燃焼に伴う排出の内訳は、エネルギー産業(発電所など)が41.9%、製造業・建設業が22.4%、運輸が17.0%、その他の部門が13.3%を占めています。(図15)
化石燃料の燃焼に伴う排出を大幅に削減するためには、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーや原子力発電、水素など、発電時にCO2の排出がない脱炭素エネルギーに転換していく必要があります。(図16)

【図15】日本のCO2部門別排出量割合(2020年) 出典:日本国温室効果ガスインベントリ報告書2022年

【図16】各種電源別のライフサイクル排出量 出典:電気事業連合会

原子力発電は、燃料であるウランの原子核に中性子が当たると、原子核が分裂します。これを核分裂と言いますが、このとき核分裂といっしょに熱が発生します。原子力発電はこの熱を利用して大量の電気をつくっており、燃焼を伴わないため、CO2を排出しません。
しかし、ひとたび事故が起きると大きな災害につながってしまいます。東日本大震災による津波により発生した福島第一原子力発電所事故後、日本政府は原子力発電所の安全性を高めるため、2013年以降、世界でもっとも厳しい水準の新規制基準適合性審査を実施しています。政府は、その審査に合格し、立地地域から稼働について了解が得られた原子力発電所を活用していく方針です。地球温暖化への対応は、世界各国が喫緊の課題としていて、日本を含め世界各国がすでに温室効果ガス削減の取り組みを進めています。(図17)

【図17】主要国の温室効果ガス削減目標
出典:各国の削減目標をもとに筆者作成(参考:経済産業省、米White House、EU、JETRO)

日本は、2021年4月に、2030年度において、2013年度に比べて温室効果ガス46%削減を目指し、さらに50%削減の高みに向けて挑戦を続けることを表明しました。そして、2050年には温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指しています。
環境省と国立環境研究所は2022年4月15日、2020年度の日本の温室効果ガス排出量(確定値)を発表しました。2020年度の温室効果ガスの総排出量は11億5,000万トン(CO2換算)で、前年度比5.1%減となりました。これは7年連続の減少となります。2020年度は2013年度の総排出量(14億900万トン)と比べて、温室効果ガス18.4%(2億5,900万トン)の削減となりました。2030年度46%削減の目標を実現するためには、毎年3%前後の削減を進める必要があります。

【図18】日本の温室効果ガス排出量の推移 2020年度(令和2年度)の温室効果ガス排出量(確定値)
出典:環境省

主にエネルギー起源のCO2の大幅な排出削減に取り組むことになりますが、これまで取り組んできたことに加え、工場やオフィス、家庭、運輸など様々な分野で、省エネや再生可能エネルギー、水素、蓄電池の導入など、積極的な対策を実施していかないとカーボンニュートラルは達成できません。より良い未来のために、世界、そして日本も脱炭素化に向けて大きくかじを切りました。皆さんもひとりひとりができること、社会全体で進めるべきことを一緒に考えていきましょう。

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